2003/05/15

      「 奈落の底 」 から、よみがえる

 それは、2003年の5月の中旬の、ある宵のことでした。
 シャワーを浴びて、ベランダに出て、夕涼みしながら、手すりの上で仰向けになって星を眺めていました。
 もう、雨期に入ったのか、空は雲に覆われていましたが、それでも、ところどころには、雲の切れ間に、星も見え、十五夜の月も、東の空を、薄明るくしていました。

 前々から、家人には、手すりの上は危ないから、ベランダの床に茣蓙を敷いて、その上に寝転ぶように言われていたのですが、手すりの上は、なんといっても、風当たりもよく、背中に当たるタイルの冷たい感じが気持ちよくて、やめられないでいました。
 しかも、一段と高いため、蚊が飛んで来ることもまずありません。

 庭先では、先日設置した虫取り用の誘蛾灯の下で、近所の人たちまでやってきてにぎやかに、虫取りをしていましたが、そのうち、夜も更けて、めぼしい虫もやってこなくなったのか、ひとり減り、ふたり減りして、だいぶ静かになり、眠気がさして、巾30センチほどの手すりの上で、寝込んでしまったようです。

 30分ほど眠ったでしょうか、10時少し前だと思いますが、突然のスコールで、 大粒の雨が、顔に・・・・。
 眼が覚めて、部屋に戻ろうと、寝返りをしたとたんに、ドスンです。
 なにしろ、夢うつつの状態で、自分では、茣蓙の上に寝ていたものと、勘違いしていたのか、寝返りの方向が、逆で、5メートルほど下の花壇に墜落。
 手すりの下1メートルにあるひさしにバウンドし、そのあと、下へ落ちたようです。
 この辺のことはまったく記憶になく、翌日、からだの傷を見て、想像したのですが・・・。
 写真は、落下した場所です。


 ドスンという大きな音と、うめき声に、今しがた帰りかけた向かいのいとこが、すぐさま駆けつけてくれ、大声で助けを求め、3人がかりで抱えあげたそうです。
 落下したときには、家人は、シャワー室に入ったばかり、姉は、虫取りの小道具の後片付けで、台所の中。
 皆、大慌てで、家人など、これはもうだめかなと、覚悟したそうです。

 ともかく、落ちた瞬間からの記憶は、ほとんどなく、気がついたときには、両脇を抱えられて、よたよた。
 誰かが、しきりと、「気付け薬」を、嗅がせてくれていました。
  吐き気がするので、横にならせてくれるように頼みましたが、両脇をかかえて、持上げたり、おろしたり、ちょうど、ノックアウトされて意識がなくなったムォイ・タイのボクサーがされるように。
 「眠ったらダメだ」、「横にしたらダメだ」と、誰かが、言っていたような気がします。
 大急ぎで、第一発見者でもある、向かいの家のピックアップ・トラックを、にわか救急車にしたてて、メチャン病院へ。
 気付け薬が効いてきたのか、車の中で、やっと、普通の意識に戻れたような気がします。
 メチャン病院は、ベッド数も100床以上ある、けっこう大きな国立病院なのですが、評判がかんばしくなくて、よほどの軽症でない限りは、ふつうは、チェンライにある設備の良い病院に行くところですが、何しろ、間にあわなっかたら大変と、担ぎ込んだらしいです。

 「どこが痛むか」と問われて、胸が痛むと、訴えたため(実際、息苦しくて、吐き気もした)、胸部のレントゲン検査の結果、どこも骨折はしておりませんでしたが、左肘の内側に、1円玉ほどの穴が空いておりました。花壇のバラの苗を支えていた竹が突き刺さったようです。
 傷口を、縫合してもらい、薬をもらって、帰宅しました。

 翌日、落下した場所を見てみると、本当に運の良いことに、両側コンクリートになっている、60センチほどの花壇の真ん中に、落ちた痕跡が残っていました。
 頭部と臀部に相当するところが、10センチほど、土がへこんでいました。
 最近、枯れたバラを補充するために、念入りに耕したところに落下し、土が軟らかかったために、ショックも少なかったことと思います。
 あと、30センチほど、どちらかにずれて落ちていたら、最悪の結果だったかもしれません。
 いまでも、頭蓋骨骨折で、頭部から、大量に、血を流して、おしまいになった、自分の姿が、眼に浮かび、思い出すと、生きた心地がしません。
 それにしても、あの高さから、落下して、この程度で済んでよかったと思います。
 近所の人たちや、お寺の坊さんまで、ブン(徳?)の高い人だ、あやかりたいと、もっぱらの評判ですが、まことにお恥ずかしい限りです。

 翌々日、お寺で「スープ・チャータ」をしてもらいました。
 直訳すると「運勢をすいとる」儀式ということですが、日本風にいうと、厄払いの祈祷のことです。
 お寺の本堂の脇の建物に、常設してあるピラミッドのやぐらの下に正座させられ、厄払いのお経とまじないを受けました。

 また、その翌日には、アチャン(師、この場合は、祈祷師?)に家までお出まし願い、「ホン・クァン(コータンカオ、タイ語では、リヤック・クァン)」の儀式をしてもらいました。
 こちらのほうは、ベランダから落下したときに、ビックリして逃げ出した「クァン(魂)」の回収をするためのおまじないです。
 介添えの老人が、「クァン(魂)」をおびき寄せるために、「おにぎり」と「バナナ」をいれた魚取り用の網を使って、落下した場所付近に、行き先もなくさまよっている「クァン」を、すくいとって来てくれました。
 なんでも、アチャンのいうには、「3日もたっているけど、さいわい、遠くまでは、行かずに、その辺で、うろうろしていたよ」とのことで、無事、回収できました。(苦笑い!)
 そして、「クァン(魂)」を小生の体内に戻してくれました。
 また、すぐに逃げ出さないように、手首に、呪文をかけた「サイシン(聖糸)」を巻いて、ガードしてくれました。
 なんでも、「クァン」は、手足の指の先から、体外へ抜け出し、「クァン」のいなくなった人は、「魂の抜け殻」になってしまうのだそうです。「サイシン(聖糸)」が巻いてあると、また逃げ出そうとしても、そこから先きには「クァン」は行けないのだそうです。

またまた、皆さんに、ご心配をお掛けしてしまって・・・。

実は、墜落した翌日に、バンコクの知人宛に、航空便で、我が家のリンチーをお送りする約束をしておりまして、あわや、あの世からでなくては、送れなくなるところでした。
 今思い起こしても、ヒヤヒヤする出来事でしたが、お蔭様で、約束どおり「リンチー」の発送も出来ましたし、その後の回復も順調で、今現在、後遺症もなく、柄にもないのですが、ひとえに「神のご加護」があったものと感謝している次第です。
 また、さまざまな意味で、いい経験をさせてもらいました。
 こんなとき、親身になってもらえる家族や隣人に囲まれた生活が出来るということは、何よりのことだと痛感しております。

前へ戻る     TOPへ戻る

inserted by FC2 system